心臓血管外科医、新浪博士さん!ミャンマーで心臓手術技術を伝えるDr[世界ナゼそこ]

テレビ番組「世界ナゼそこに日本人」(毎週月曜日21時00分~21時54分)で

2019年4月22日の放送に

「ミャンマーで4千人もの命を救った日本人天才心臓外科医」という特集があります。

 

ミャンマーで4千人もの命を救った日本人天才心臓外科医がいます。

心臓外科のスペシャリストとして困難な手術を行うスゴ腕医師の名前は、

「新浪博士」さん。

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現役で、年間手術数は300件以上。

彼しかできない「心臓の裏側バイパス手術」や

心臓を動かしたままメスを入れる冠動脈バイパス手術など、

困難な手術を何度も成功させた、患者にとって「最後の希望」だそうです。

そこで今回は、気になる方、新浪博士医師について紹介したいと思います。

ぜひ最後まで読んでいただければ幸いです。

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心臓血管外科医、新浪博士さんのプロフィールは?

名前は、新浪博士(にいなみ ひろし)さん。

1962年生まれ

神奈川県横浜市出身

神奈川県

血液型はB型

神奈川県立横浜翠嵐高校(翠嵐)卒業

家族は、奥様と息子さんがいらっしゃいます。

2人兄弟の次男。兄は新浪剛史(サントリーホールディングス社長)さん

小さい頃からよく比較されたそうです。

お兄さんは、背が高く、スポーツマン、外交的な性格で、リーダーシップあり。

比べて新浪さんは、

内向的な性格で小学生の頃からプラモデルを作って遊ぶのが好きだったそうです。

他人に気を使うタイプでなかったため、親からは礼儀を知らない子供だと思われて

小学3年時に剣道を始めました。大学卒業まで剣道をし、腕前は三段だそうです。

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翠嵐時代は、ロック音楽全盛の時代で、

髪を肩まで伸ばしたりパーマをかけ、細いズボンを履いていました。

神奈川県公立トップの翠嵐ですが、大学受験のための勉強はしなかったそうです。

というのは、大学受験は一発勝負で高校の成績や内申書は関係ないと考え、

高校時代は好きなことをやって過ごそうと思ったからだそうです。

家庭の都合で私立に行くお金はないといわれ、

一浪して群馬大学医学部に入学されました。

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新浪さんの医師としての経歴は?

群馬大学医学部卒業、東京女子医科大学大学院修了

東京女子医大付属日本心臓血圧研究所に入局

アメリカのウェイン・ステート大学Wayne State University、オーストラリアのアルフレッド・ホスピタルAlfred Hospital、ロイヤル・ノースショー・ホスピタルRoyal North Shore Hospitalに留学し、心臓血管外科の最先端の研究および治療を経験。

帰国後、東京女子医科大学心研循環器外科病棟医長、

東京女子医科大学東医療センター心臓血管外科助教授、

順天堂大学医学部心臓血管外科助教授、

埼玉医科大学心臓血管外科教授、

埼玉医科大学国際医療センター心臓血管外科センター長を経て、

東京女子医科大学の新浪博士 教授に就任されました。

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他の病院では手術が難しいといわれた患者が、最後の望みを託して訪れるのが、

新浪Drだそうです。

 

先生の信念は、「メスを握る回数が手術の質を高める」「『数』イコール『質』」

毎日手術をしていないと技術がさびついてしまう・・・ということで、

数多くの症例を驚異な集中力でこなしています。

 

日本でも心臓の権威として活躍していますが、

タイ・ミャンマーなど東南アジアでも精力的に医療支援活動を行い、

かつ、心臓血管手術の技術を現地の医師に伝え続けています。

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なぜ、新浪さんは医者を目指したのか?

あまり勉強せず、親や兄から怒られてばかりいた新浪Dr.

初めは歯科医を目指していました。

 

母親が小学校時代にプラモデルづくりに熱中する新浪さんの手先が器用なことを見込み

「お前は大人になったら歯医者になりなさい」といったから。

親戚に子供がいない歯科医がおり、後を継がせようと考えていたようです。

 

ただ中学時代は、どうせなるなら医者がいいと思うようになりました。

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外科医を目指すことを決意したのは、翠嵐高校時代。

きっかけは、人気テレビドラマの「白い巨塔」で、主役の財前五郎にすっかり感化され、

医者になるなら外科医、大学教授を目指そうと思ったそうです。

 

さらに、高1時の担任との面談で将来何になりたいのか聞かれた際、

「医者になりたい」と答えると、

担任は「それがいい。お前の性格ではサラリーマンは絶対に務まらない」と

はっきり言われました。

当時の新浪さんは、「そうか、やはり周りもそう思っているのか」と

自分自身の選択に自信を深め、まさに将来を決定づける一言になったと語られています。

 

担任の先生は、すでに新浪さんの才能を認めていたのでしょうか。

「サラリーマンが務まらないから医者がいい」という発想も後押しし、

後にスーパードクターが誕生しました!

 

医師として気を付けていることは?

細かい作業をする心臓血管手術は、驚異の集中力が必要になります。

集中力を使う状況に備えて、リラックスしておくことが大事と考え、

体力維持とストレス解消を心がけているそうです。

 

週に数回ジムへ通い、トレーニング前に10分、後に20分のストレッチをし、

筋肉痛予防もされています。

 

新浪Drのストレス解消方法は手術をすること。細かい作業に集中することで

ストレス解消にもなっているそうです。

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また集中力持続のため、手術と手術の合間にいつも寝てリフレッシュしています。

30分寝るだけで頭がスッキリするものです。できれば、どこでも寝られた方が良く、

毎晩の睡眠も大切で熟睡できるようにしているそうです。

 

さらに集中力を維持するためには、健康が大切で食生活にも気を付けているそうです。

奥様が作る日頃の料理は和食中心で、野菜中心の食事をしているそうです。

 

なぜ、ミャンマーなど東南アジアで医療支援活動を行っているのか?

ミャンマーは軍事政権から民主主義政体への転換に伴い、経済発展が注目されています。

しかし医療技術は発展中です。特に先天性心疾患の分野は専門医がほとんどおらず、

通常であれば治療が行われるような小児の患者でも、

その多くが医療を受けることすらできない状態におかれているそうです。

この状況を打破すべく立ち上がったのが日本の専門家たち。

東京女子医科大学病院、国立循環器病研究センター、「明美ちゃん基金」が協力し、

医療発展途上の国における先天性心疾患を専門とする医療スタッフの育成を行い、

医療水準の向上を目的に活動されています。 

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実は、他にも目的があります。

それは、日本と東南アジアの間で、

医師がギブ・アンド・テイクの関係になることです。

新浪さんの信念である、数をこなすこと、経験を積むことは大事なことですが、

日本国内で手術をすることは心臓血管外科の患者数と医師数を考える限界があるためです。

そのため日本人医師を東南アジアに派遣し、

日本の優れた技術を現地の医師に伝えると同時に、

日本人医師に手術をする機会を与えてもらいたい・・・と考えているそうです。

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日本の医療レベルの高さから、アジアの人たちは「医療は日本で」

という志向を持っている方が多くいます。

そのため医師も「日本人から医療を教わりたい」と希望し、

日本・日本人のことを尊敬してくれるそうです。

自分が経験する手術・症例数が増えるだけでなく、その技術を見てもらい伝えることで

次世代教育にも繋がり、今まで救えなかった心疾患症例を多く治療することができ、

人々がお互いに良い思いをする・・・

それは素敵なことですね。

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最後に

いかがでしょうか。

 

新浪さんは、母校での講演でこう語られたそうです。

大切なのは、なぜ医者になりたいかではなく、なりたいと思う気持ち。

医者になりたいという気持ちをしっかり持っていれば立派な医者にもなれ、

周りから押し付けられてなるものではないと。

高校の担任の先生に言われた「それがいい」という一言が、

新浪医師のその後の人生を形作りました。

私たちも何気なく発した一言が他の人にとっては重要な意義を持つこと、

大きな活力になることを今回は改めて考えたため、日頃から気を付けたいと思います。

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