プロレスラー、オカダカズチカさん!メキシコ闘龍門とは?校長ウルティモ・ドラゴン!

現役、新日本プロレスラーの「オカダ カズチカ」さん。

整った容姿でプロレス好き女子(プ女子)ブームに火をつけたイケメン選手です。

 

彼は、191cmの恵まれた体格とずば抜けた運動神経の持ち主。

強い意志を持ち、自分を曲げない芯の強いハートを持つことも有名です。

 

あるきっかけで知ったプロレスの魅力にはまり、

15歳の若さでメキシコに渡り、プロレスの武者修行をして日本に凱旋した!

という逸話を持つプロレスラーでもあります。

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華々しい衣装、他の人を引き付ける演出、マイクパフォーマンスなど・・・

見ている観客や関係者を魅了し続けるオカダ選手。

 

今回は、メキシコ武者修行時代、デビュー秘話、経歴などを

紹介していきたいと思います。

是非最後まで読んでいただければ幸いです。

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プロレスラー、オカダ カズチカさんがメキシコに渡った訳は?

実兄の借りてきたプロレスゲーム!で、プロレスを知ったオカダ選手。

 

これをきっかけに新日本プロレスを録画して見るようになりましたが、

プロレスが、格闘技色が強くなったため、興味が薄れ遠のいたこともあったそうです。

 

しかし、たまたま家のケーブルテレビで「闘龍門」の試合を見て、

カラフルなプロレスラーに興味が復活!

「闘龍門ファン」になったことが、全ての始まりだと思います。

「闘龍門メキシコ 2000」の画像検索結果

時は、高校受験タイム。両親は高校進学を勧めたそうですが、

高校に行ってもやることを見つけられそうにない・・・と考えたオカダ選手。

 

プロレスラーになることを決意し、

当時メキシコにある憧れの闘龍門の門をたたくことになりました。

16歳で「闘龍門」の13期生として!入門しました。

 

自分が興味を持ったことは、トコトン追求し、追い求めるタイプのようです。

とはいっても、ご両親の心配は計り知れません。

慣れない地に出向くことを許したご両親、大決断だったでしょうね。

 

メキシコの闘龍門とは?

1997年にメキシコ・ナウカルパン市

「ULTIMO DRAGON GYM 闘龍門;ウルティモ・ドラゴン・ジム・とうりゅうもん)」

が設立しました。

「ULTIMO DRAGON GYM」の画像検索結果

闘龍門(とうりゅうもん)は、

メキシコ内にある日本人のための「ルチャドール養成学校」のことで、

「ルチャドール」とは、メキシカン・スタイルのプロレスラーのこと指します。

 

この「ウルティモ・ドラゴン」とは、

日本人の覆面プロレスラー選手、浅井 嘉浩(あさい よしひろ)さんです。

日本だけでなく、アメリカ・メキシコでも著名な存在で活躍されています。

このウルティモ・ドラゴンが校長を務めていたのが、闘龍門です!

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養成学校では、半年に1度、生徒を募集しています。

生徒は、一定期間のトレーニング受け、メキシコのプロテストに合格した後、

メキシコの興行でデビューしていくのだそうです。

 

ウルティモさんの経験から、受験資格として身長制限は一切設けていない!ため、

低身長の方でも頑張れば「憧れの舞台に上がれる!」とし、

多くの受験者がいました。

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プロレスラー、オカダ カズチカさんが闘龍門に入って受けた洗礼とは?

闘龍門に13期生として入門を果たしたオカダ選手。

 

ただ、実は学校の中では他の事情があり、大変だったようです。

それは・・・

オカダさんが入門したばかりの頃の闘龍門は、

プロレスラーを目指している練習生で飽和状態だったそうです!

「ULTIMO DRAGON GYM」の画像検索結果

そのため、当時コーチを務めていた、

プロレスラーのミラノコレクションA.T.さんの証言によると

何人か練習生を故意に辞めさせるために・・・

過度に厳しい練習をメニューを課していた!といわれています。

 

じつは、オカダ選手は・・・その辞めさせたい候補だったそうです。

当時、基礎体力が他の練習生に比べて劣っており、

過酷な練習メニューが特別に与えられたそうです。

また、その過酷な練習後にもさらに、雑用を次々に押し付け・・・

寮で睡眠時間以外は、

精神的にも肉体的にもつらい時間を過ごしていたといわれています。

「ULTIMO DRAGON GYM」の画像検索結果

何度も、周囲から「辞めるか?」と聞かれても、

オカダ選手は、自分には他に行く所がないと考えており、

「辞めないです!」と意地になって返答したという逸話があります。

 

そして、メキシコ・アレナ・コリセオにて行われた、ネグロ・ナバーロ戦で、

2004年8月29日(現地時間)、念願のデビューを果たしました!

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最後に

いかがでしょうか。

 

デビューをしてからも、言葉に言い表せないくらい、

試練の連続を乗り越えてきているオカダ選手。

今やプロレス界で活躍し続け、いなくてはならない存在として頑張られています。

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実は最近、タイトルを剥奪される試合があり、

復活に向けて、様々なスタイルを試しているそうです。

逆境をはねのけ、立ち上がっていける精神力を持っていると信じ、

オカダ選手のプロレスを応援していきたいと思います。

 

次回は、オカダさんが武者修行したメキシコの闘龍門、

デビューの逸話について紹介したいと思います。

 

今回の記事はオカダ選手がプロレスに興味を持ったきっかけと幼少期の逸話の紹介でした。

こちらの記事ではオカダ選手のプロフィールについて紹介しています。

⇒ プロレスラー、オカダカズチカさんプロフィール!強いレインメーカー[アナザースカイ]

 

こちらの記事では、オカダ選手がプロレスに興味を持ったきっかけ、幼少期のことを紹介しています。

⇒ プロレスラー、オカダカズチカ(岡田かずちか・レインメーカー)幼少期逸話・きっかけ?

 

参考になる部分も多いと思うので、ぜひ一度目を通していただけると幸いです。

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