ソロモン諸島で民族紛争終結に尽力した日本人、佐藤行雄さんとは?[世界ナゼそこ]

ソロモン諸島で民族紛争終結に尽力した日本人、佐藤行雄さんとは?

テレビ番組「世界ナゼそこに日本人」(毎週月曜日21時00分~22時48分)で

「海外で“英雄”と呼ばれ感謝される日本人偉人伝説2HSP」が放送されます。

 

ソロモン諸島で民族紛争を終結させた日本人として紹介される方のことが気になり

調べたので紹介したいと思います。

ぜひ最後まで読んでいただければ幸いです。

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ソロモン諸島で民族紛争終結に尽力した日本人偉人とは?

偉人であり、現地では英雄と言われている方の名前は、

佐藤 行雄(さとう ゆきお)さんです。

佐藤さんはかなり有名人で、

道を歩けば「Yサトー!」と声をかけられるほど人気者だとか。

 

では、なぜ佐藤さんは、

ソロモン諸島に関わり、民族紛争を解決したのでしょうか?

 

日本人偉人、佐藤さんの経歴は?

1938年(昭和13)7月7日生まれ

神奈川県鎌倉出身

好きな食べ物はカレーライス

奥様の名前は、ローズマリアさん

ソロモン諸島 ロビアナ島 在住

2001年から2005年までソロモンの国会議員を務められました。

ソロモン・ブリュワリーズというビール会社を経営し、

首都ホニアラに3つのビルを所有しているそうです。

「佐藤 行雄 ソロモン」の画像検索結果

佐藤さんは大学まで進学されました。

しかし海外に興味があり、7ヶ月で大学を中退しました。

その後、まぐろ漁船の乗組員を経て、商社に入社します。

「Solomon Islands」の画像検索結果

佐藤さんはなぜソロモン諸島とかかわりを持つようになったのか?

それは、商社に入社し、ソロモン諸島に転勤をしたことが関係します。

当時16歳の現地の少女、奥様のローズマリアさんと運命の出会いをします。

 

二人は結婚を望みますが、お祖父さんは結婚に大反対。

実はローズマリアさんのお祖父さんは、昔、首狩り族が住む村の酋長で、

他の人に出した指令は佐藤さんの殺害。

お祖父さんが亡くなるまで、命の危険がありましたが、

その後に二人は結婚し、日本で生活を始めました。

日本の生活に慣れてきた矢先にローズマリアさんがホームシックになり、

佐藤さんはソロモン諸島に永住することを決意しました。

「Solomon Islands」の画像検索結果

佐藤さんはソロモンで国会議員になったいきさつは?

ソロモンでは、1998年に大規模な民族紛争が発生しました。

2000年の首相軟禁事件をピークとした紛争、

いわゆる「エスニック・テンション(Ethnic Tension)」により

国家崩壊の危機に瀕した状態でした。

 

国連の仲裁も失敗し、解決策が見つからない状況に落ちいったそうです。

その時に仲裁の白羽の矢が立ったのが、佐藤さんでした。

「佐藤 行雄 ソロモン」の画像検索結果

佐藤さんは、国会議員になり、正式に国から仲裁役を任されました。

仲裁役とはいっても、問題は反乱軍のリーダーと交渉することです。

しかし、話し合いの場にこのリーダーは一度も顔を出さないことで有名だったそうです。

 

そこで、佐藤さん逆の発想に切り替え、自らが出向いて交渉しようと考えます。

実は、佐藤さんが行く前に既に2名の方が事前交渉に向かっており、

反乱軍の陣地で殺されていました。

家族や友人は佐藤さんが交渉にいくことに猛反対しますが、

反対を押し切って交渉に向かいました。

 

例外なく、佐藤さんも反乱軍に捕まり、丸裸にされてしまったそうです。

反乱軍のリーダーから、「怖くはないのか?」と質問された時、

正直に「怖い」と伝えました。

ただ、「あなたの立場になって話を聞くためにきた」と、

反乱軍のリーダーに思いを伝えました。

この言動・行動が、リーダーの心に変化を及ぼします。

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中々出てこなかった反乱軍リーダーが「佐藤なら信用できる」といい、

交渉のテーブルにつき、そして5年にも及ぶ紛争終結に向けて話を進め、

最終的に民族紛争は解決しました。

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最後に

いかがでしょうか。

 

ソロモン諸島は、南太平洋にある島国で、豊かな自然に包まれており、

手つかずの熱帯雨林やマングローブ林、珊瑚礁と青い海が広がっています。

実は、日本ともかかわりが深く、

ガダルカナル島をはじめ、太平洋戦争の戦場となった場所でもあります。

「Solomon Islands」の画像検索結果

今回、佐藤さんのことを調べ紹介してきました。

佐藤さんは、家族の反対を押し切り、ソロモンの民族紛争解決のために

自分の身を捧げました。

その佐藤さんの本気度が、相手に伝わり、

その後にオーストラリア連邦やニュージーランドが仲裁するテーブルに

反乱軍のリーダーを呼ぶことができたのだと思います。

このようにご活躍されている日本人が世界中にいることを誇りに思うと共に

佐藤さんとご家族、そしてソロモン諸島の方々の末永い幸運を心より願っています。


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