伝統工芸・江戸切子老舗「清水硝子」廃業危機~ネット直売で復活?!職人[和風総本家]

テレビ番組「二代目和風総本家」(毎週木曜日)で

12月20日に木曜19時58分より「二代目和風総本家SP」が放送されます。

今回のテーマは、「絶滅危機乗り越えた職人」で、

廃業寸前からV字回復を遂げた伝統工芸の職人に迫って特集されます。

関連画像

私が気になったのは、江戸切子。

小さく、繊細な模様を持つ伝統工芸のことが気になりました。

大正時代から続く、「清水硝子(しみず がらす)」が、

今回の和風総本家で取り上げられるようです。

そこで、調べたことを紹介していきたいと思います。

是非最後まで読んでいただければ幸いです。

[the_ad id=”616″]

 

まずは、切子(きりこ)とは?

まずは、切子とは何かというと・・・

切子とは、硝子の器に砥石等の研磨剤を用いて彫り込む、

カット硝子の技法のことをいいます。

言い換えると、

ガラスに模様を切り込む方法=カットガラス(切子)

を指しています。

「清水硝子 江戸切子」の画像検索結果

この切り込みを入れるカットの技法は、

江戸時代の後期より現代に伝えられた伝統工芸の一つです。

 

伝統工芸、江戸切子とは?

江戸切子は1834(天保5年)江戸大伝馬町のびいどろ屋の加賀屋久兵衛が、

金剛砂を用いて、ガラスの表面に彫刻することを工夫したのが始まり!

といわれています。

1853年黒船でペリーが来航した際の献上品の中に

加賀屋の切子瓶があり、

その細工にペリーが驚いたという逸話もあるそうです。

「ペリー 江戸切子」の画像検索結果

明治時代に入って、ヨーロッパ・イギリスのカットグラスの技法が、

工部省品川硝子製造所に導入され、

ガラスの表面に様々な模様を施すガラス工芸の技法が確立されました。

その技法が、現在にまで引き続き伝承されています。

江戸切子は、国・東京都指定の伝統工芸品です。

 

「江戸」で作られている切子を「江戸切子」と呼びます。

 

「切子」としか書かれていないものは、日本国内においてでも、

江戸以外の地域で作られていれば、江戸切子とは表示できません。

また、最近は、「手作り切子」「ロマン切子」「昭和風切子」「大正風切子」など

数多くの名称を見かけますが、実は海外からの輸入品のこともあり、

江戸切子を探すときは、注意が必要です。

切子といってもきちんと確認して江戸切子かどうか見極める必要があります。

関連画像

では、見極めるポイントは・・・?

江戸切子の紋様がある

江戸切子の技法で作られている

この2点が大きくチェックするポイントだそうです。

 

紋様伝統的な模様(菊繋ぎ・矢来・籠目・魚子《ななこ》など)が

入っているかどうかを確認しましょう。

「江戸切子 模様」の画像検索結果

技法は、伝統的な技法(手仕事でカットし、磨く)が

用いられているかどうかを確認しましょう。

 

さらに、色被せ(色のついたガラス)のものだけが切子というわけではありません。

スキと呼ばれる、透明なの硝子の切子も存在します。

というのは、昔は、このスキの方が主な江戸切子だったそうです。

 

江戸切子の老舗、清水硝子とは?

東京・墨田区で伝統工芸品の江戸切子を作り続けてきた株式会社 清水硝子。

 

品川硝子製造所で切子技術を今村仁之介から学んだ弟子が、

清水硝子の初代社長、清水直次郎さんだそうです。

関連画像

1923(大正12)年12月に清水硝子加工場を創業し、

特殊ガラスの加工場として仕事をはじめられました。

戦時中は軍関連の光学レンズなどを製造していたそうです。

戦後すぐ、1947年「HOYA(ホーヤ)株式会社」と取引を開始し、

下請けとして高級クリスタル食器に参入しました。

1952年有限会社化、1964年に株式会社化しています。

1998年にホームページを開設し、インターネット直売を開始しました。

2018年現在、

3代目の清水三千代さんと専務 清水祐一郎さん、

職人さんたち(4名:70代1名、60代3名、30代1名)が

引き続き江戸切子を作られています。

関連画像

この老舗の江戸切子を作る清水硝子は、

約20年前に廃業寸前に陥ったことがあるそうです。

 

江戸切子の老舗、清水硝子が直面した危機とは?

廃業寸前にまで追い込まれた理由は・・・

当時、清水硝子2代目社長、3代目社長が、

わずか3年の間に立て続けに他界したからです。

さらに、機械製造で作られた切子の量産品や不況の波に押されたことで、売上は減少、

大手メーカーからの発注がストップし、廃業危機に追い込まれました。

「清水硝子 江戸切子」の画像検索結果

江戸切子の清水硝子が復活の兆しとなったきっかけとは?

現社長の清水三千代さんは、実は2代目社長の娘さんで、3代目の奥様。

父・夫を亡くした悲しみの中で、残されたガラス職人の方たちと一生懸命頑張りました。

実は復活のきっかけは、インターネットでホームページを開設したことです。

ネット上で江戸切子を直売するシステムができてからのことです。

これをきっかけに、江戸切子の認知度が高まり、需要が増え、

赤字経営からV字回復を成し遂げたそうです!

 

また、東京スカイツリーにも実は江戸切子が採用されています。

東京スカイツリーにある4つのエレベーターの1つに、

この清水硝子の江戸切子が採用されました。

「清水硝子 江戸切子」の画像検索結果

テーマは「夏」。

「夏=隅田川の花火」ということで、

花火を連想するような「切子のパーツ加工」を制作・協力したのが、

この清水硝子なのです。

全部で300個を超える江戸切子のパーツが埋めこまれた大作は、必見です!

またチケットカウンター上にも、

下からLEDを当てた青く輝く江戸切子のお皿が埋め込まれています。

関連画像

 

清水硝子ホームページ:http://www2u.biglobe.ne.jp/~kirikoya/top.htm

[the_ad id=”616″]

 

最後に

いかがでしょうか。

 

伝統工芸、江戸切子。

実は、切子はガラスの器のことを指すと思っていた私は、間違っており、

硝子をカットする技術のことを「切子」ということを知り、驚きました。

また、透明なガラスの器の江戸切子があり、昔はそちらの方が主流だったと知り、

今回は自分の思い込みを正せたこと、伝統工芸の伝承など・・・

色々と考える良い機会になったと思います。

「清水硝子 江戸切子」の画像検索結果

現在、このような日本の伝統文化が見直されてきていますが、

今後も素敵な江戸切子が日本のかた、海外の方からも愛され続けていくことを

心から願っています。

長文を読んでいただき、ありがとうございました。

 

次回は、江戸切子と薩摩切子の違い、切子を作る過程・用語などについて

紹介したいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。