大曲「創造花火」生みの親・佐藤勲さんプロフィール!ベルリンの壁崩壊きっかけ?!

「世界ナゼそこに日本人 世界でナゼか大感謝されている日本人2時間スペシャル」が

2018年9月10日(月)21時から放送されます

 

その番組内、取り扱う内容で、

東西冷戦下のドイツ・ベルリンで日本の芸を披露し、

ベルリンの壁崩壊のきっかけを作った!と言われる「日本人偉人伝説」

が紹介されます。

 

「ベルリンの壁崩壊に日本人がかかわっている??」

と思い、調べてみました。

 

直接の関係は、見出せませんでしたがぜひ知ってほしい人物・言葉があり、

今回はそのことを紹介したいと思います。

是非最後まで見ていただければ幸いです。

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ベルリンの壁崩壊のきっかけになったといわれる出来事は?

1987年当時、ドイツのベルリンは、

「ベルリンの壁」で東西に分断されていました。

 

そんなある日、日本の花火関係者、佐藤勲さんが西ベルリン市から招待をうけたそうです。

「ベルリン市制750年祭典で、是非花火を打ち上げてもらえないだろうか。

東ベルリンの人にも花火を楽しんでもらいたいのです。」

 

と。そのことがきっかけで、このことが始まったのではないか・・・

と言われています。

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大曲の花火をしきっていた佐藤さんは、

「分かりました。ベルリンの地上には壁はありますが、空には壁はありません。

日本の花火はどこから見ても同じように見えます。

西のお方も、東のお方も楽しんで楽しんでください」

と会見上でいったそうです。

この言葉は、後に話題を呼びました。

実際、当日には7000発の花火を上げ、ベルリンの夜空を彩ったそうです。

 

西ドイツの地元新聞に翌日「空には壁はない!」という見出しで

この佐藤さんの言葉が、トップ記事として載ったといわれています。

「佐藤勲 花火」の画像検索結果

その2年後の1989年、ベルリンの壁は崩壊されます。

実際に、この記事がどれほどの人に影響を与えたのか・・・

は、定かではありません。

ただ、西ドイツの人にも、色々な人に、「壁の存在」「空の無限性」など・・・

様々なことを考えさせるきっかけになったのだと思います。

 

「壁」という目に見える境界と隣り合って生きてきた西ドイツ・東ドイツの方々。

 

他にもベルリンの壁崩壊のきっかけは多々いわれがありますが、

心の垣根を取り払う、職人さんの公平で素直な気持ちが、

何かしらの影響を与えたのではないでしょうか。

 

大曲「創造花火」生みの親、佐藤勲さんのプロフィール・経歴は?

名前は、佐藤勲(さとう いさお)さん

明治43年 秋田県大曲生まれ

秋田鋼材など数社の経営者。

昭和32年から秋田県大仙市で開かれる「大曲花火大会」に関わります。

昭和37年から平成8年まで大曲市の花火大会委員長、大会顧問を歴任されました。

「佐藤勲 花火」の画像検索結果

花火を通して、国際交流もされました!

1979年に西ドイツ・ボンにて「世界ガーデンショー」への参加

1983年には西ドイツ・ジュッセルドルフ、

1987年には西ドイツ・西ベルリンとジュッセルドルフ

で花火を打ち上げています。

1990年には「世界の花火師大曲会議」、

1992年には「国際花火デザインフェアイン大曲」を開催されます。

「1987 Firework berlin」の画像検索結果

7か国から花火業者を集め、花火の芸術性やイベントにおける花火、安全性など

新たな「創造花火」の展開をめざし話し合いが持たれたそうです。

 

通商産業大臣の表彰を受けたこともあります。

1989年 秋田県文化功労賞受賞されました。

 

佐藤勲さんが生んだといわれる、「創造花火」とは?

色、音、光などを駆使し、革新的な創造花火を追求されました。

「花火は丸いもの」といった従来の概念にとらわれない

「創造花火」の生みの親といわれています。

「創造花火」の画像検索結果

創造とは、「新しいものを自分の考えで作り出し、模倣でないこと」。

創造花火とは、「打ち上げ花火にテーマをもうけ、

形態・色彩・リズム感・立体感など、花火師の創造性を追求したもの」だそうです。

 

テーマ以外は、花火師の想像力、アイデア、腕、すべての技術力が

試されるといって過言ではない創造花火。

 

見る観客としては、毎回違う花火が楽しめ、

ついつい見に行ってしまう花火大会だと思いますが、

花火師にとっては過酷な世界。

緊張感がこちらまで伝わってきそうです。

「創造花火」の画像検索結果

実は、佐藤さんが以前言っていた言葉があります。

花火大会のモットーとは・・・

 

「花火大会の目的は、花火を打ち上げることだけではない。

花火師同士の交流の中で、伝統や業界の昔話に耳を傾ける。

それが若い花火師の財産になる」というもの。

 

自ら花火大会の企画、警備の手配などまで携わり、

大会運営を陰から支える存在でもあったそうです。

見る者、アイデアをだし花火を打ち上げる者、大会協力など、

全ての人が相手を尊重し、競い合う究極の競技大会なのではないでしょうか。

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最後に

いかがでしょうか。

 

残念なことに、偉人は亡くなりましたが、今現在でもその遺志を受け継ぎ、

多くの人々が大なり小なり影響を受けていると思います。

 

ちょっとした言葉、行動、きっかけ、忍耐力などで

大きく世界が変わっていくことがあるなんて驚きました。

「創造花火」の画像検索結果

佐藤さんが成し遂げた偉業が今後も語りつがれ、平和への貢献の一助に、

皆が将来ずっと楽しむことができる娯楽として

繁栄していくことを心の底から願っています。

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