インド緑の父、杉山龍丸タツマルさん!砂漠緑地化へ貢献グリーンファーザー[世界ナゼ]

ある日本人が、インドで偉人として尊敬されていると知る機会がありました。

その名前は、「タツマル」こと、「杉山龍丸」さん。

彼はあるきっかけでインドの状況を知り、

その大問題・生命の危機に直面していることを皆に訴え、

さらに現地でその問題の根源をどうにかして絶ちたいと尽力した日本人です。

「India nationa road 1 NH1」の画像検索結果

調べていくうちに驚いたことは、なんと地元の方。

そこで今回は、その彼の生い立ち、インドで問題に取り組んだきっかけや

その偉業について調べたことを紹介したいと思います。

是非最後まで読んでいただければ幸いです。

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インドで全財産をつぎ込み人々を救った日本人偉人、杉山龍丸さんのプロフィールは?

名前は、杉山龍丸(すぎやま たつまる)さん

1919年5月16日生まれ、脳溢血で倒れ、約2年後1987年9月20日に亡くなりました。

福岡県福岡市出身

父親の杉山泰道さんは、夢野久作(ゆめのきゅうさく)の名で知られる作家で、その3人兄弟の長男です。

祖父の杉山茂丸は政治家で、伊藤博文の懐刀として活躍された人物です。

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地元は名家で不自由なく育った龍丸さんは、財産を私物化してはならないという

祖父の遺言を尊重し、給料がもらえる士官学校へと進学しました。

士官学校卒業後、指示により航空技術学校で航空整備将校として

第1期生で入学しました。

航空技術学校を卒業後は、満州に赴任し、その後フィリピンに渡ります。

命辛々生還し、日本に戻られました。

 

祖父が残した遺言が、杉山龍丸さんの人生を動かした?

祖父の茂丸さんは政治家でした。

25歳の時に香港に渡り、イギリス人居住区の入口にあった「犬と中国人は入るべからず」

という看板を見て驚き、欧米列強がアジア各国で行っている植民地運営の

悲惨な姿を実感して帰国しました。

「日本が独立を守るには、どうしたらいいか?」という想いを常に持ち、

過ごしたそうです。

「いずれ独立した時、国家の礎になる農業を身につけさせよう」と、

1901年、福岡に4万6千坪の土地を購入して農園として整備し、

アジア各国から留学生を受け入れて技術指導されました。

とりわけインドの独立運動を支援していた祖父はガンジーの弟子達に

熱心な農業指導を行なったといわれています。

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杉山龍丸さんが16歳時に祖父が、17歳時に父親が突然亡くなります。

亡くなる間際に祖父から聞いた言葉が、

その後の杉山龍丸さんの人生に大きくかかわってきました。

その言葉は・・・

「杉山農園の土地は私物化せず、当初の目的通りアジアのために使え」

「アジアの人々を救いなさい」

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この祖父の意思を引き継ぎ、龍丸さんはインドがイギリスから独立国家となってからも、

杉山農園で農業技術を学びに来る留学生を受け入れ続けました。

 

なぜ、杉山龍丸さんは、インドに目を向けたのか?きっかけは?

戦後の1954年、上京してプラスチック関係の仕事を始めていた杉山龍丸さんは、

東京駅でインド人の青年を連れた士官学校の同期生と出会いました。

この際、成り行きでインド人青年の世話を押し付けられてしまいました。

 

それをきっかけにしてインドからの留学生が龍丸さんを訪ねてくるようになり、

何人目かの留学生にミルミラー(S.K.Mirmira)さんという方がいました。

この方はガンジー翁の直弟子でした。彼らを世話したことがきっかけで、

ガンジー翁の他の直弟子たちとのお付き合いが始まり、

インドにのめりこんでいくことになります。

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実は、その杉山さんの活動を知ったインド政府は、昭和37年、彼をインドに招き、

1961年、当時、42歳だった杉山龍丸さんは、

イギリスから独立してまもないインドに行きました。

 

はじめて目にしたインド。

インドの殺伐とした茶褐色の荒涼な大地、広大な砂漠に驚き、息をのんだそうです。

そこで彼は改めて、当時のインドの困窮の凄まじさと、

国を良くしようと願う人々の熱意に打たれ、この国のために尽力しようと誓います。

「これがインドだ。これがインドか・・・」

砂漠化が進むインドでは、農作物も育ちにくく、国民の多くが慢性の飢餓状態。

雨が少ない年には死者の数は500万人以上にのぼる苛酷な現実を目のあたりにし、

「インドの人々を救いたい」と心に誓いました。

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杉山さんが行なった、インドの大砂漠の緑地化とは?

成長が早く根が深いユーカリを植林し、

地下水脈をせき止めて水を確保することを提案し、実地指導にあたった杉山龍丸さん。

 

インドは地下水位が低いこと、および土壌に有機物が少ないことに気づき、

それが、レンガを焼くために森林を伐採した結果であることを確信したことから、

活動が始まりました。

というのは、「世界中で、古代文明があったところは砂漠になっている。

これは、森林(自然)と共存できない文明は滅ぶということだ」

という結論に達し、インドの仲間たちに樹を植えることを提案し実践しました。

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では、なぜユーカリの木を植林に利用したのでしょう?

それは、オーストラリアの砂漠で元気に育っていた

ユーカリのことを知っていたからです。

 

砂漠を緑に変えるような水源を求めて、来る日も来る日も奔走しました。

しかし、灼熱の炎天下に見えるのは、乾いた大地のみ。

あきらめかけたその時、炎天下の砂漠で家畜の牛達が休んでいる場所があり、

木陰でないのになぜ?と奇妙な光景に疑問を持ったそうです。

掘ってみると、そこにかすかな湿り気を感じ、

「砂漠にも水がある」ことに気づきました。

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「暑さに強く、成長も早いユーカリが地下水を吸い上げれば地表も潤い、

作物も育てられるのではないか?」

龍丸さんはそう考えたそうです。

インドの国土はヒマラヤ山脈の裾野を走っており、

ヒマラヤから地下水が流れている可能性の高い国道1号線沿いに

植えたほうがいいと考え、自ら国道沿いの村々を訪ね歩き協力を求めました。

「一緒に作物を作り、豊かになろう。」

始めは、今を生きるのに精いっぱいで、緑を植えること、

作物を作ることには興味を持たなかったそうですが、

龍丸さんの熱い思いに、次第に心が動き始めました。

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困難を乗り越えて、杉山龍丸さんと周辺住民の人々と植林した大地は今?

砂漠化を止めるために水探しをしていた際、事業が始まって間もなく、

インドに大飢饉が起こり、その対策を優先したインド政府は

事業を中止することを発表しました。

それでも杉山龍丸さんは、福岡に残した土地や財産をすべて売却し、

現在価格にして140億円もの私財を投げ打ち、それをインドでの植林につぎ込みました。

*You tube はこちら!(インドの砂漠を緑に変えた グリーンファーザー 杉山龍丸)

「よいしょ。どっこいしょ。」

人々の掛け声と、鍬を持つ映像が残っています。

荒涼とした砂漠にいつしか日本語の掛け声が溢れていったそうです。

そして今、不毛の大地と言われていた国道の両脇には

緑のユーカリが4mおきに植えられ生い茂り、木々の高さは15mにも達しています。

ユーカリの巨木は地下水を吸い上げ、大地を潤し、並木道は総延長470kmにも及びます。

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「私達がこうして暮らしていけるのも、すべて豊かな緑のおかげです。」

龍丸のシンプルな植林技術は、村から村へ、人から人へと伝えられました。

周囲の土地には稲、麦、馬鈴薯の三毛作ができるようになりました。

この事業に対して日本政府からは一切の援助はなく、

また杉山さん自身が学者ではなかったことから学会からも黙殺され、

一個人が成し得た壮大な緑化事業は、彼が昭和62年に亡くなるまで、

日本ではほとんど知られることはありませんでした。

 

しかし、インドの人々の間では、いまなお

「インド独立の父はガンジー。インドの緑の父(グリーンファーザー)は杉山龍丸」

と讃えられているほどの偉業を行ったと語られています。

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最後に

いかがでしょうか。

 

若い時に身近な家族を相次いで亡くすことにより大変な悲しみがあったことでしょう。

祖父の言葉通り、人々のために、苦しむ人々がいる現実を訴え続けた杉山龍丸さん。

彼は、杉山家の家に伝わる言葉があります。その言葉は、「靖献遺言

訳は、本来の意味からずれるらしいのですが、杉山家では、

正しいと思うことで、公の為になることであれば、自分の立場を顧みず直言しなさい

ということだそうです。

 

実際に思っても、それを実現する、口に出すことは困難なことです。

しかし、この言葉を素直に受け止め、杉山龍丸さんは、インドの方たちのために

アメリカの国連本部にまでいって掛け合ったこともあったそうです。

彼の偉業は、実際に真似をしようと思っても難しいでしょう。

しかし、彼の播いたユーカリの木の芽、熱い思いがインドの人々を動かし、

危機から一人でも多くの生命を救ったことは忘れてはいけないと感じました。

 

次回は、杉山龍丸さんがインドの他の地区で行った、植林事業についても紹介したいと思います。

長文を読んでいただき、ありがとうございました。

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